日本でも、労働環境が劣悪だったり、人間関係がすさんでいたりするような「ブラック企業」が増えています。
身体も心も壊れそうになりながら、多くの人がブラック企業と言われる会社で働き続けています。このような、過酷で働く人を苦しめる会社は、なぜなくならないのでしょうか。
今回はブラック企業が存続できるしくみと、それを支える社員はどのような人たちなのかについて解説します。
ブラック企業が存続できるしくみ
働いても働いても社員はむくわれない会社であるのに、なぜその会社は存続しているのでしょうか。
それは、会社側に利益があり、つぶれないからです。
会社にお金が入ってきて、入ってくるお金よりも出ていくお金のほうが少なければ、会社には利益が残るため存続できます。
ブラック企業は、入ってくるお金よりも出ていくお金を少なくしているため、会社経営を続けることができています。
さらに、過酷な労働環境であるのに、働き続けブラック企業を支えている社員がいるからです。このような社員がいるのには、ブラック企業特有の理由があります。
利益が出るから、つぶれない
まず、ブラック企業といわれる会社は、社員を長時間働かせます。いくら残業をさせても残業代を払わない会社もあります。
このように労働時間が長く、賃金が少ないという「社員にとって劣悪な環境」というのは、逆にいえば「経営者にとっては利益を生む環境」といえます。
社員への賃金を低い水準にしておけるなら、その分、その会社が扱うモノやサービスの価格を安くすることができるようになります。
小売業や飲食店などの店舗経営の会社であれば、サービス対応時間の長さによって売り上げが変わります。
社員を長時間働かせるつもりであれば、その分営業時間を延ばすことができます。
当然、モノやサービスの価格が安く、営業時間も長い便利なお店は消費者にとってはありがたい存在です。
そのような会社のモノやサービスは、消費者に選ばれ続けるため、お金が会社に入り、利益が出ます。そしてその利益は、人件費や労働環境の整備には使われず、社員に還元されることはありません。
そういった手段で経費を低く抑えることができれば、会社はモノやサービスをさらに安く便利に改良することができます。
このようにすることで、ブラック企業はつぶれることなく存続しつづけています。
社員が辞めないから
ブラック企業がなくならない理由の一つが会社に利益があるからです。もう一つの理由は、社員が辞めないからです。
ブラック企業が利益を生み、つぶれずに存続するしくみは、まさにブラック企業を支える社員によってつくられています。
ブラック企業は、社員の心身を蝕むほどの過酷な労働環境の会社です。
それにもかかわらず、辞めることなく働き続ける社員がいるのです。辞めずに働く社員には、辞めない(辞められない)理由があります。
辞めたくても辞められない社員
誰でも労働環境の良い職場で働きたいものです。しかしブラック企業のようなところで働く人には、辞めたくても辞められない事情がある人がいます。
代表的なパターンは、労働環境は悪いけれど、賃金が高い人です。
業種としては不動産や金融関係の仕事など、業績によってインセンティブがつく給与体系の会社や、長時間労働を強いるけれども残業代は支給されるといった会社に多いようです。
一旦高い給料の水準で生活をしてしまうと、その生活をなかなか変えることはできません。
家や車のローンがあったり、養わなければならない家族が多かったりすると、たとえ労働環境が最悪であっても辞めることができません。
このような人の多くが、転職で労働環境の良いところへ移ったとしても、年収が大幅に減ってしまうと生活ができないため我慢するしかない、というタイプになります。
また、他に転職先がないために辞めることができないという人もいます。
このような人は、以前の会社を短期で辞めてしまっているため、なかなか転職先が見つからない人です。
転職を繰り返して「ジョブホッパー(仕事を転々とする人)」と呼ばれるような状態になっていて、他の会社に応募してもなかなか採用されないのです。
これまでの職歴がバラバラで、キャリアに一貫性がないために転職活動で不採用が続いているという人もいます。
また、ブラック企業に勤めているうちに35歳を過ぎてしまい、転職市場で有利になるような実績を作れないままでいる人も、他に転職先がなく辞めることができずに、働き続けています。
さらに、ブラック企業は辞めたがる社員を辞めさせない巧妙な手口を使うことがあります。
例えば「君は将来幹部になる人材だ。辞めるなど惜しい」などと将来の役職をほのめかして退職を思いとどめさせる方法があります。
あるいは、厳しい管理体制で「辞めるとどうなるかわからない」という恐怖心を抱かせることもあります。
このように「甘い言葉」や「脅し」で巧みに社員を引き止め、辞めさせないようにするのです。
真面目で責任感が強い社員
また、日本にブラック企業が多く存在している理由の一つとして、日本人は一度会社に入ると、何があっても辞めてはいけないと考えている人が多いということが挙げられます。
このような人は、「この会社を選んだのは自分であり、ひたむきに、真面目に会社に仕えることが仕事である」と考えています。
過度に責任感が強く、「時間内に仕事が終われない自分が悪い」「能力が低いから、認められず昇給もしないのだ」「社長には雇ってもらっている恩がある。裏切るわけにはいかない」などの自責の念が強く、辞めることができないのです。
何かのメリットがある社員
ブラック企業で働いている人のなかには、その会社にいることに何かのメリットを感じている人がいます。
一番わかりやすい理由は「お金」です。過酷な労働環境であっても、賃金だけは良いとか、何かの手当てがつくなどのパターンです。
あるいは賃金も安く労働も過酷だが、将来の夢を叶えるためのスキルが身に付く職場である、というのもメリットになります。
例えば将来自分の料理店を持ちたいと考えている人が、修行のために料理店の厨房などで働いているような場合です。
たとえ主人に長時間、低賃金で酷使されていても、自分の店を持つ夢を叶えるためのノウハウが得られるという「メリット」があるわけです。
また、経営者の人柄にほれ込んでいる社員や、経営者にかわいがられ右腕として育ててもらっている社員もいます。例え低賃金で酷使されていても、社長の右腕、側近といった「立場」がメリットとなります。
「この人のために働きたい」「この人に認められたい」という気持ちで経営者に従っている人であれば、感謝や労いなどの言葉をかけてもらうことで承認欲求を満たすことができます。これもメリットになります。
長年勤務でブラック化した社員
ブラック企業に入社してしまうと、多くの社員は辞めるのですが、退職せずに残る人もいます。
その人なりに順応しようと精一杯努力していくうちに、次第に会社と同じカラーの「ブラック社員」となった人です。
法令や倫理を無視した人間関係をつくっていたり、業績さえ出していれば社内で何をしても良いという価値観をもっていたりします。
その会社のやり方、社員の扱い方、考え方などを受け入ることによって、自分の居場所を保っているわけです。
ただ、このようにブラック化した社員であっても、入社前からモラルの低い人格であったわけではありません。
その人なりに会社に適応しなければならない事情があり、懸命に努力しているうちに視野が狭くなり、気がつくと会社に同化してしまったのです。
このように、ブラック企業といわれる会社がなくならない理由は、利益が生み出されるしくみがあることと、それを支える社員がいるためです。
ブラック企業で働いている社員には、上で述べたように様々な事情があってそこにいます。
何らかのメリットがある人や、自分自身がブラック化してしまった人からみれば、その職場は「ブラック企業」ではないのかもしれません。
なぜなら、自分が働いている会社が「ブラック企業」であるかは、あくまで本人がどう感じるかによって違うからです。
お金が得られたり、やりがいを感じられたり、自分の居場所があったりなど、何かの理由があって働いている人から見れば、その人にとってその会社は悪い存在ではありません。
周りの人がいくら「あなたの会社はおかしい」と言おうが、本人が納得しているのであれば、少なくとも本人の気持ちに焦点を当てれば問題はありません。
しかし、中には辞めたくても辞められずに困っている社員や、過度な責任感を利用され酷使されている職員がいるのも事実です。
そのように苦しみながら働いている社員の労働力に支えられ、ブラック企業は利益を出し、つぶれずに生き残っているというのが、社会的事実です。