仕事ができて、能力も高くやる気があるため、プロジェクトに抜擢されたり昇進したりする人もいることでしょう。
しかし、まさにそのことがきっかけで、うつ病や適応障害といった心の病にかかってしまうことがあります。そのようなとき、どのように考えていく必要があるでしょうか。
今回は、昇進・抜擢を機にうつ病を発症した場合の考え方・働き方の修正法について解説します。
抜擢・昇進を機にうつになることがある
職場うつになりやすい環境と共に、職場うつになりやすい性格や、うつを発症しやすい「きっかけ」があります。
その中に、抜擢されたり、能力を認められ昇進したりしたことを機に、うつ病を発症するというケースがあります。これは、「昇進うつ」などといわれることがあります。
典型的な事例は以下のようなものです。
Aさんは29歳、一流大学を卒業した後、大手金融機関の法人営業職として勤務し始めました。
持ち前の負けず嫌いで勉強熱心な性格から、7年間必死に勉強をし、経験を積んできました。
Aさんの地元の地方営業支店での7年間は、常に優秀な営業成績を誇っていました。
その実績を認められて、本社へ栄転。さらに、海外事業部との連携も含め、新たなプロジェクトのサブリーダーに最年少で抜擢されました。
栄転先では、今までとは違う新たな専門知識を一から勉強しなおす必要がありました。
かつ、海外事業部は英語および中国語での対応が必要であるため、2か国語を同時に習得する必要がありました。
Aさんは、休日を返上して語学の学習も開始しました。
職場ではいろんな人から「最年少での抜擢者」として、称賛と嫉妬の目にさらされています。
そのため、わからないことも簡単に聞くことができず、仲間はほとんどいない状態でした。
緊張とプレッシャーが強く、気が休まりませんでした。
また、地元の営業所の上司は気さくでおおらかな人でしたが、栄転先の上司は、Aさん以上にたたき上げ精神が強く、負けず嫌いの人でした。
さらにAさんと出身大学が同じであるため、Aさんへの期待は高く
「全力を尽くせ」「今が頑張りどきだ」「プロジェクトは絶対成功させろよ!」と鼓舞してくるのです。
Aさんは徐々に、夜眠れなくなりました。
また、地元の家族とも離れ、独り暮らしもし初めていたので、食生活も不規則に。
そのため勤務中にぼーっとすることが増え、大きなミスを2回連続して起こしてしまいました。
また、徐々に体重も減り、体力も衰え、何も手が付けられなくなりました。
不調に気づきつつも、上司には相談できませんでした。
ある日を境にAさんは、朝起きようと思っても身体が鉛のように重く、起き上がることができなくなってしまいました。
会社に欠勤の連絡も入れられないほど、重度の抑うつ状態になっていたのです。
その日から1週間、Aさんは入院しました。今は、栄転先から地元に帰り、自宅にて療養中です。
抜擢・昇進を機にうつになりやすい人の性格
事例にあげたAさんのように、抜擢や昇進を機にうつになりやすい人には、ある性格的傾向があります。それは以下のようなものです。
- 几帳面で真面目
- 人に仕事を頼めない
- 頼まれた仕事は断れない
- 仕事に熱心で、向上心が強い
- 融通が利かず、考え方が固い
- 負けず嫌いでプライドが高い
- 職場や地位・役職などに精神的に依存している
これらの性格傾向を持つ人は、その性質のおかげで、職場では高く評価されます。当然ながら、期待され、抜擢され、次第に昇進もしていきます。
このタイプの人が、ずっとその職場で結果を出し続けることができれば、問題はありません。
しかし、ひとたび職場で適応できないことが起こってしまうと、心が不安定になってしまうのです。
会社で多少うまくいかないことがあっても、「まあ、仕方がない」と考えることができないからです。
また、自分自身の能力を過信していたり、人に負けたくないという強い感情があるために「もっと頑張ればならない」「負けたらおしまいだ」と、極端に自分で自分を追い込むことがあります。
また、この方法がダメなら、こっちのやり方を試してみよう、といった柔軟な考え方が苦手です。
そのため、上手くいかなかった方法にこだわって、行き詰ることもよくあります。
抜擢・昇進を機にうつになったら
もしあなたが、能力を認められて抜擢されたり昇進したりしたことをきっかけにうつ病に罹ったとしたら、どのように今後を過ごすべきでしょうか。
うつ病は「心の風邪」という人もいて、「簡単にかかるが、簡単に治る」と勘違いされやすいものです。
しかし、うつ病は、しっかりと治療しないと、命に係わる重い症状に発展することがあります。
また、一度回復しても、考え方や働き方を改めていかないと、再燃(症状がぶり返すこと)しやすい病です。
うつ病は、あなた自身の働き方や考え方に、無理があることを教えてくれているのかもしれません。
「抑うつ気分を退治する」「早くうつを治して、今まで通りバリバリ働かなければ」という考え方では、むしろいけないのではないでしょうか。
せっかくうつ病が、「今の考え方や働き方では心身を壊すよ」と警笛を鳴らしてくれたのですから、その気づきを大事にして、あなたが一番幸せになれる働き方や生き方を探すようにしてください。
抑うつ状態であることを認める
まずは、自分自身が「抑うつ状態」「うつ病である」と認めることから始めましょう。
このタイプのバリバリサラリーマンは、自分がうつであることを頑なに認めない人がいます。
家族の強いすすめでクリニックを受診して、「抑うつ状態」という診断を得たにもかかわらず、「自分はうつになんてならない」といって、診断を信じない人もいます。
抑うつ状態になることは、何ら恥ずかしいことではありません。
まずは自分自身の心のエネルギーが枯渇している状態であり、休息が必要であることを認めるように、頑張ってください。
医師やカウンセラーなどの専門家の力を借りることに抵抗をしないでください。
そして、療養が必要であれば、十分に休み、しっかり薬を飲むことです。
これらの治療を「心が弱いと思われたくない」などと拒む人も多くいますが、むしろ治すべきはその頑固な考え方の方です。
そのトレーニングであると考え、医師やカウンセラーの指示を素直に聞くこと、標準の治療を素直に受けることに尽力しましょう。
働き方の修正をする
また、うつ病を機に今の会社を辞めるにせよ、回復させて続けるにせよ、働き方を修正しないと高い確率で症状が再燃します。
うつ病を機に、生き方、働き方、考え方を変えて、どんどん自分らしくなっていく人も大勢います。
「仕事イコール自分」をやめる
仕事や職場での自分の地位を、精神的なよりどころにしすぎるのをやめましょう。
簡単にはできないことだと思います。
しかし、もともと仕事や職場での役割、成果の有無といったことに、自分の存在意義を求めていて、それに依存しすぎていたために、職場うつを発症したのです。
仕事イコール自分自身の存在そのもの、となってしまうほどに仕事に取り込まれていると、仕事でうまくいかないことがそのまま、自分の存在そのものへの否定感情になってしまいます。
結果、うつ症状に陥るのです。
そのため、今後は仕事イコール自分自身という構図を改めるようにしてください。
うつ病に罹った人は、誰かから「趣味を持て」とか「家族や友人との時間を楽しめ」とアドバイスをされると思います。
もちろんそれも有効です。生きがい、楽しみを仕事以外に見つけようとするのも、とても素晴らしいことです。
ただ、趣味も家族や友人との交流もなければだめかというとそうではありません。
要するに「〇〇イコール自分」という考え方を、改めた方が良いということです。
- 仕事が充実していないと生きた心地がしない
- 家族や友人に囲まれていないと孤独だ
- 趣味や楽しめるものがない自分は、つまらない存在
このように、「〇〇イコール自分」という思考になっていないかどうかを確認してみてください。
「〇〇イコール自分」という思考のままでは、一種の依存状態であり、仕事以外に依存対象を変えるだけでは、意味がないからです。
「できないことがある自分」に優しくする
うつ病になる人は、心の中で自分を責めています。
できないことがあると、自分に厳しく罰を与え、知らないことがあると自分を責め、失敗すると自分に激しく腹を立ます。
そのような「自分いじめ」の結果が、うつ病です。
そのため、これからはどのような場面でも「できないことがある自分」に優しくするように頑張ってください。
これも、簡単にはできないことだと思います。
しかし、少しずつ考え方の練習をすることで、だんだん自分に優しい考え方ができるようになってきます。
周囲の人からは、「仕事を抱え込むな」「誰かに任せなさい」とアドバイスされると思いますが、それは簡単にはできないはずです。
なぜなら、その前に「できないことがある自分」を受け入れるステップが必要だからです。
できないことがあっても良い、と本当に自分で受け入れることができないままに、「仕事を他人に任せなさい」「何でも抱え込んではいけないよ」とアドバイスされても、不安の方が先だってしまって難しいと思います。
ものごとを長期的に、大きく考える
特に抑うつ状態のときは、ものごとを狭く考えたり極端に結論づけたりしやすくなります。
意識して、長期的に、大きく考えるようにしましょう。
例えば
「うつ病になった。職場の人に迷惑をかけている。悪いことをした、もうだめだ」
と感じているなら、もう少し長期的に考えて
「うつ病になった。職場の人に迷惑をかけたが、これを機により心の持ち方を良くして、後から恩返しすればいい」
と、考えてみるようにしてください。
あるいは
「部下に仕事を任せてしまって、失敗したら本人が気の毒だ。フォローしてやりたいが、自分は心身が動かない。失敗したらどうしよう。どう責任を取ろう」
と感じているなら、もう少し大きく考えて
「部下が失敗したとしても、多少の損害はあるだろうが、失敗から多くのものを学ぶことだってできる。本人に任せることで責任感も身に付くし、若いうちに失敗含めいろんな経験をした方が、器の大きい人材になれる。見守れば良い」
と考えましょう。
これも、すぐにできる考え方ではありませんから、トレーニングが必要です。
「問題がある」と感じたら、そのことに焦点を絞ってしまわずに、上の方から眺めてみましょう。
あるいは、「1年後、その問題はどうなっているか」と考えるようにしてみましょう。
最初は「問題」に囚われて不安になり何とか解決策は無いかと焦るものです。
しかし、問題を大きくとらえたり、長期的にとらえることで、問題と思っていたことがそれほど大げさなものではなかったと気づく体験ができるはずです。
うつをきっかけに働きやすさを追及する
職場でうつ病になる人の多くは、勤勉で何に対しても一生懸命になります。
しかしその長所こそが、うつ病を発症させてしまった要因にもなるのです。
目の前の仕事にのめりこみ、上司の評価や会社での立場を自分の拠り所になってしまっていませんか。
ぜひ、うつ病を経験したことをきっかけに、仕事とどうかかわるかを見直して欲しいと思います。
仕事を熱心に行うことと、仕事を自分自身であると錯覚してしがみつくこととは違うはずです。
これから自分はどう生きていきたいか、どのような働き方と生活が、一番快適であるかを、あらためて見直す必要があると思います。
大きく、長期的な視野で、自分の働き方を想像してみると、人によっては「今の職場では無理がある」と感じる人もいるでしょう。
すぐに方向を変えることはできないかもしれませんが、自分に一番適した働き方を見つけるために、広い視野で情報収集することが大事です。