ブラック企業が、辞めさせたい社員などを自主退職に追い込む方法として、難しい資格を取ることを強制してくることがあります。
これは、「資格ハラスメント」といわれるものです。
今回は、「資格ハラスメント」の特徴と、対策について解説します。
資格ハラスメントとは
あるブラック企業で働いている人は、以下のような圧力を会社から受けています。これは「資格ハラスメント」と呼ばれる嫌がらせです。
私の会社ではある難しい資格を取得することが求められています。
この資格は、国家資格でとても難易度が高いのです。科目がたくさんあって、しかも受検資格を得るためにたくさんの講習に参加しなければなりません。
しかし、勤務中に資格の勉強をいていたところ、「仕事中に何をしている?家に帰ってから勉強しろ。あるいは、休みの日にやればいいだろう」
と言われてしまいました。
この講習に参加するのも、休みの日です。勤務日に参加することは許されていません。
さらに、仕事に役立つ資格なら、まだ納得できます。でも、私の仕事にはほとんど関係のない資格です。
私があまり熱心に勉強できないためか、あるいは勉強する時間が取れないからか、いずれにせよ何度受検しても合格できません。
会社の就業規則では、資格が取れないと、賞与の一部をカットされ、減給処分を受けることになると書かれているらしいです。
ついに社長から、「この資格が取れないのなら、もう仕事は与えられない。悪いが、今月末で退職してもらえないか」と言われてしまいました。
ただでさえ残業が多いところ、頑張って勉強してきたのに、あまりにもひどい対応です。
しかし、この資格が取れなければ、仕事は与えられないと言われれば、それまでです。
私は仕方なく、退職願を書こうと思っています。
このように、取るのが難しい資格を無理やり取らせようとし、取れない場合に降格させられたり減給されたりします。
そしてその社員の自尊心を踏みにじるようなことを「指導」という形で言ってきます。そしてひどいケースだと、退職を迫ってきます。
巧妙な「不当解雇」の手口
なぜ、このような手の込んだ嫌がらせをする会社があるのでしょうか。
それは、会社は、要らなくなった社員を「クビ」にしようとしても、簡単には社員を解雇できないという法律に縛られているからです。
会社は、様々な労働法上の規制があるために、雇っている社員を簡単にクビにすることができません。
そのため、会社が労働者を減らしたいと思う場合、「自主退職」「自己都合退職」をしてくれれば都合が良いのです。
そのため、何とか労働者に辞めてもらいたい場合には、その人が「辞めたい」と思うように仕掛けます。
しかし、あからさまに「パワハラ」と言われる横暴な行為があれば、社員の側も警戒します。
さらに、行政窓口に相談されれば、指導が入るかもしれません。このように、「見て分かる嫌がらせ」を繰り返すと、会社側がリスクを抱えることになります。
そのため、ブラック企業は、あからさまな「嫌がらせ」とはわからない方法を考えます。
それが、「難しい資格を取らせる」「休む間もなく勉強させて疲弊させ、辞めるように仕向ける」という方法です。
一般社会では、仕事に必要な知識やスキルは積極的に学ぶ必要があるといった考え方があります。
社会人であるサラリーマンなどは資格取得に励んでいる人は多くいます。
会社から指示された研修に参加することを、拒むことは誰でもできないでしょう。
社員は、まさか資格を取らされるということが「ハラスメントの一種」とは気づきません。自己研磨、自己啓発という美しいキーワードを使って、社員を追い込むわけです。
さらに、資格を取ることができなければ、「自分の努力が足りない」「自分の能力は低い」「この会社で必要な力が自分にはない」と、社員の側は簡単に自信を失うことになります。
会社側は、「あなたには、会社側が必要な研修や勉強をさせているというのに、能力が足りないから、資格が取れない。だから、あなたは会社が求める人材ではありません。そのため、自主的に辞めてください」という主張をしやすくなります。
そして、労働者側も「会社が求める資格を取得できないのなら、自分はこの会社でやっていく力はない。自分の努力が足りない。もう辞めよう」と、自主退職を選ぶことになりやすいのです。
まとめると、資格ハラスメントは以下のような特徴があります。
あからさまではないため、「パワハラ」「モラハラ」と気づかれにくい
簡単に労働者側の自信を失わせることができる
簡単に自主退職へ追い込むことができる
資格ハラスメントは、ブラック企業にとっては大変利用しやすく、かつ発覚のリスクの少ない手法といえるのです。
資格ハラスメントはパワハラの一種
資格ハラスメントは、自己研磨、自己啓発という名を語った、パワーハラスメントです。
パワハラとは、
「同じ職場内で、職場の地位や、人間関係の優位性を背景にして、業務の適切な範囲を超えて精神的・肉体的に苦痛を与える行為」と定義されています。
さらに、業務上明らかに必要がないことをさせたり、到底実行できないようなことを強制したりして、仕事を妨害する「過剰な要求」も、パワーハラスメントの一つの類型であるとしています。
この定義で考えると、資格の取得を強要するという行為も、立場の弱い社員に対して、「精神的・肉体的に苦痛を与える行為」といえるのではないでしょうか。
業務にあまり関係のない資格を取るよう強制することは「過大な要求」にあたります。
本当に資格取得の必要があれば、勤務時間内に勉強させるべきです。仕事に必要な研修を受けさせるのは、業務命令にあたるからです。
さらにこの際に、労働者の生活を圧迫したり、健康を損なわせたりするほど負担が強いものであってはならないはずです。
教育研修と資格ハラスメントの違い
しかし、会社側は「あくまで自己啓発を促している」「必要な研修である」「業務に必要な知識を習得させようとしているだけ」といった反論をするでしょう。
たしかに、会社は労働者に研修を受けさせることが一般的です。社会人として自己研磨するのは、当たり前のこととされています。
ただし、以下のように、通常の教育研修と資格ハラスメントには、明確な違いがあります。
通常の「研修・教育」 | ブラック企業による
「資格ハラスメント」 |
|
研修の費用 | 会社が負担 | 労働者が個人で負担 |
研修・学習の時間帯 | 勤務時間内 | 勤務時間外 |
成果が出ない際の扱い
(資格が取れなかったときの扱い) |
特になし | 減給・降格・退職勧奨・解雇などの不利益な取り扱いがある |
このように、研修・教育という名を語っていても、研修の費用が自腹であったり、プライベートの時間に勉強を強制されたり、結果が出ない際に不利益な取り扱いをされているのであれば、それは資格ハラスメントといって間違いありません。
資格が取れなくても自信を失わないこと
もし、あなたが会社から難しい資格をとるよう強要されて、どうしても取れなかったとします。
それを理由に減給されたり、降格されたり、通常なら得られるはずの地位や権利を得られないといったことがあっても、あなたが悪いわけではありません。
それは本来許されない「ハラスメント」であるということを知って欲しいと思います。
幼いころから、我々日本人は「勉強しないこと」に対して、厳しく罰せられてきました。
学力が低いこと、成績が上がらないことに対して、無条件に「自分はダメだ」と思わされる教育体制のもとに育ってきました。
ブラック企業は、そのような私たちの特性を悪用して、社員の昇給を妨げたり、辞めさせたい労働者を追い込んで自主退職に追い込んだりしようとしています。
今、あなたは自分の仕事に関係のない勉強を強要されていませんか。
自費を払って、意味のわからない講座に参加させられていませんか。
業務に関係のない資格を取るために、勤務時間外に勉強をさせられていませんか。
資格がどうしても取ることができないことを、執拗に責めてきたり、自尊心を傷つける「指導」や「面談」をされていたりしませんか。
もしかしたら、そういった圧力は、会社側からの教育研修などではなく、資格ハラスメントかもしれない、と冷静に判断ができるようになってほしいと思います。
資格が取れない、会社から課される課題についていけない、そういった理由だけで、自信を失ってはいけません。
処分の「理由」を文書で出してもらう
資格が取れないことを理由に減給・降格・昇給させない・退職を迫るといった圧力をかけられても、受け入れないようにしましょう。
「自分の能力が低いからだ」「資格が取れないのだから、仕方がない」と思う必要はありません。
そのような圧力をかけられたら、一旦以下のように伝えましょう。
「この資格を取得しないからといって、減給(降格・退職)処分を受けるのには納得がいきません。一度専門家に相談してみたいと思います。そのため、私の減給(降格・退職)処分の理由について、文書にて証明書を出してもらえますか」
不利益処分の内容を文書で出せ、という反論は、ブラック企業への対処法の王道です。
まずは証拠を残すことと、屈しない姿勢を取ることから始めてください。決して、安易に減給(降格・退職)処分を受け入れてはなりません。
自尊心を守るために
今受けている行為が、自己啓発をたてにとったパワハラであるという認識を持つことが第一です。
そして、そのような体制で人の自尊心を奪うような会社からは、自分から逃れる準備をしましょう。
資格ハラスメントは、会社側が退職させたいと思っている人に対して主に行われるものです。
そのため、あなたがそういった資格取得の強制を受けているということは、何とかして退職へ追い込もうとしているのかもしれません。
もしそうであれば、都合の良い時期に、都合の良い方法で、自己都合退職をさせるように誘導してくるでしょう。
そのような形で退職するというのは、後々のあなたにとって良くありません。
「自分には能力が足りないため、会社についていけずに辞めた」という事実を作ってはなりません。
なぜなら、あなたの自尊心に傷がつき、どこへ行っても「自分はダメではないか」「能力が低いから何をうまくいかないのではないか」といった、間違った思い込みが心に刷り込まれてしまうからです。
会社側からの退職勧奨に従って、失意のなか、自己都合退職の道を選んでしまうことは避けてください。
辞めるのなら、自らの意志で、自らが納得できる時期に辞めるのです。
辞めさせられるのと、自分から辞めるのでは、今後の人生や生き方において、絶対に差が出ます。
そのためには、在職中からしっかりと次の職場を探すようにしましょう。会社から課せられている資格取得に熱を入れるより、きちんとした会社に転職するための努力の方が有益です。
会社からの圧力が厳しいため、辞めないと転職活動出来ないという人もいると思います。
しかし、辞めてから転職活動をすると、生活費を得なければならないために、焦ってしまうことがあります。
転職活動がすぐに上手くいくとは限らないため、なかなか次の職場が見つからないと、同じ様なブラック企業に入社せざるを得なくなります。
同じことの繰り返しになってしまうため、なるべく在職中に次の職場を見つけるようにしましょう。
今あなたができることは、転職サイトに登録したり、履歴書や職務経歴書の書き方を学ぶことです。
今取得しようとしている資格が他の会社で役に立つのであれば、その資格を取るための勉強に身を入れても良いでしょう。
あくまでそれは、今の会社から認められるためではなく、転職に有利にするためです。
資格ハラスメントは、ブラック企業の新たな手口です。政府や労組などからのブラック企業対策が今後厳しくなるにつれて、手口は一層巧妙になってくるでしょう。
あなたを含め、労働者側の勤勉さを利用した悪質な資格ハラスメントは、教育訓練を隠れ蓑にした「退職勧奨」に他なりません。
「育てるため」「キャリアアップを促している」というもっともらしい主張に対して、無防備に巻き込まれてしまわないように注意してください。
そして気持ちをしっかり持ち、自尊心を守りましょう。