ブラック企業に勤めていて、その会社の実情をどこかに告発したいと思っている人は多いと思います。
あるいは、パワーハラスメントなどをうけて、精神的にとても辛かったり、うつ病を発症したり、そのような状況を変えて欲しい、解決してほしいと思っている人もいるでしょう。
そんな時に思いつくのが、労働基準監督署ではないでしょうか。
今回は労働基準監督所の特徴について解説します。
労働基準監督署とは
労働基準監督署とは、労働基準法という「労働者を守る法律」を、著しく守っていない会社を監視したり、指導したりするための役所です。
そして、労働基準監督署には、労働基準監督官という役人がいます。
労働基準監督官は、「司法警察官」としての権限を持っています。
つまり、労働基準法という法律に違反する行為をする会社や経営者に対して、警察官と同じように「立ち入り調査」をすることができます。
そして、調査の結果、労働法違反が悪質であれば、指導、是正の勧告をすることができます。
さらに悪質であったり、労働者の生命に危険があるような緊急性があったりする場合は、経営者を逮捕・送検することもできる、とされています。
労働法の法律違反がないと動けない
このように、労働者の味方として頼もしい労働基準監督官。
しかし、弱点があります。
それは、具体的な「労働基準法違反」があり、そしてその「証拠」がないと、動けないということです。
パワハラを受けたとか、精神的な苦痛を味わっているといった要件では、相談には乗ってもらえますが、解決に至ることが少ないのです。
以下は、実際の事例です。
Aさんは、ある飲食店に勤めています。
Aさんは、入社したときから店長からの強いパワーハラスメント受けてきました。
ささいなミスで怒鳴られたり、人格を否定されるようなことをみんなの前で言われたりしています。たまに、頭を殴られるなどの暴力を振るわれることがあります。
店長の暴挙を会社側に相談したら、「君は仕事ができないから仕方がない」と言われ、取り合ってくれません。
会社側は、店長の味方をするのです。
Aさんはついに、店長からのパワーハラスメントで、うつ病になってしまいました。
Aさんは家族に連れられて、労働基準監督署に相談しに行きました。
しかし労働基準監督署では全く対応してくれなかったのです。
まず、初老の「相談員」が現れて、Aさんの相談をじっくり聞いてはくれました。
「大変ですねえ」とか「病院には行っていますか」と親身に相談に乗ってくれます。
しかし結論は、「仕方がないですね」「会社を訴えることもできますが、証拠がないと難しいですね」などと言います。
結局のところ相談員からの助言は、「あきらめたほうがいい」「うつ病が早く治るように祈っている」「うつ病が治ったら転職活動をするように」といった内容に終始しました。
少なからずAさんと同じような経験をしている人はたくさんいると思われます。
労働基準監督署の窓口はいつも混雑していて、労働相談をしたそうな人たちが窓口で列を作っています。
しかし、労働基準監督署では、はっきりとした「労働基準法違反」ではないような案件を取り扱うことはできないのです。
つまり、「賃金を払っていない」「労災が起こったが、隠している」など、労働基準法や労災保険法などに定められた条項に違反するようなことがあった場合に、指導や勧告ができるにとどまるのです。
労働基準監督署の「相談員」の実情
ちなみに、労働基準監督署には、窓口に相談員のような人がいます。
もしあなたが労働基準監督署に相談に行けば、まずは相談員が対応してくれるはずです。
この、労働基準監督署の窓口の相談員は、役所を定年退職した役員や、あまり仕事がない社会保険労務士が、アルバイトで相談員をしていることがあります。
相談窓口で対応してくれる人は、会社に指導・勧告できる権限を持つ「労働基準監督官」ではありません。
そのため、いくらひどい話であり真剣に相談をしても、「それは会社が良くないですね」とか、「訴えるとしたら、弁護士に頼む必要がありますよ」とか、「残業代を計算する方法はこのようになっています」のような、単なる相談に終わってしまいます。
労働基準監督官の実情
さらに、強い司法権限を持つ労働基準監督官は、人数が少ないのです。
労働基準監督官は、全国に3,000人程度います。しかし、実際に現場に出て取り締まり行為に当たっているのは、2,000人以下です。
全国に 1 人でも労働者を使用する事業は約 409 万事業場の臨検監督を実施する場合、監督官1人あたりにすると1,600件以上で、平均的な年間監督数で換算すると、すべての事業場に監督に入るのに 25~30年程度必要な計算となります。
(引用:労働行政の現状 – 全労働省労働組合オフィシャルサイト)
これだと、監督官1人で、平均して1,500以上の事業所を監督しなければならない計算になります。
このように、監督官は、少ない人数で多数の事業所を監督しなければなりません。
そのため、大企業などの社会的影響が大きい企業の捜査や、確実に立件できる案件を優先せざるを得ないのです。
必然的に、中小零細企業の案件や、確実性の乏しい案件は、後回しにされてしまう可能性が高いのです。
労働法違反は「申告」という方法を使う
では、このように守備範囲の狭い労働基準監督署に対して、労働者側は何もできないのでしょうか。
もしあなたの会社が、悪質な労働法違反を犯しているなれば、労働基準監督署に「申告」に行けば、対応してもらえる可能性はゼロではありません。
悪質な労働法違反とは、「残業代の未払い」「賃金の未払い」「労災かくし」です。
もし、あなたがこのように完全な労働基準法違反の行為を受けているのであれば、労働基準監督所へ行きましょう。
その際は、「労働基準法違反の申告をしに来ました」とはっきり言わなければいけません。
相談員ではなく、「労基法違反の申告をしに来たので、監督官をお願いします」と言ってください。
「監督官にお会いいただいて、申告手続きができるまで帰りません」という覚悟を持っていかないと、相談員に適当にあしらわれて終わってしまいます。
同僚と共に行く
ただしあなただけではなく、あなたの同僚や同じように会社で苦しんでる人を引き連れて行ってください。
あなた一人だけで行くと、「会社の不正」というより、「あなたと会社との民事的なトラブル」という受け止め方をされるからです。
たとえ重度な労基法違反であっても、一人だけの申告であると、腰が重い労基署は後回しにします。
一応受け付けてくれたとしても、会社に電話を入れるだけで指導を終えてしまうなど、対応が雑になります。同じように苦しんでいる同僚がいるなら、一緒に申告に行く方が効果が高いです。
違法行為の証拠を持っていく
労働基準監督署に申告に行く際は、労働基準法違反を犯している証拠を持っていくと良いでしょう。例えばタイムカードのコピーや給与明細書などです。
労働基準監督官は、悪質度が高く、立件しやすい会社であれば、動いてくれる可能性が高くなります。
「臨検監督」を依頼する
労働基準監督官の権限の一つに、臨検監督というものがあります。
臨検監督とは、会社の事務所などに実際に訪問して、労働基準法、労働安全衛生法等に違反がないか調査することです。
臨検監督には、定期的に任意の会社に訪問し、調査する「定期監督」、労働者からの申告によって行われる「申告監督」、労働災害などが起こった時に実施する「災害時監督」などあります。
あなたが狙うのは、この「申告監督」です。
基本的に、臨検監督は会社側に予告なしに行きます。サービス残業や、危険作業などが行われている場合は、抜き打ち調査をしないと違法行為が隠されるからです。
このとき、あなたがまだ在職中で、臨検監督の際に「労働者の〇〇さんから申告があった」と伝えてほしくない場合は、自分の名前を伏せるようにお願いすれば、監督官は黙っていてくれます)
そしてもし、その場で違反が確認されれば、是正指導・勧告をします。
例えば残業代の不払いがあるなら、その事実を会社側に突き付けて、いつまでにいくら支払うようにといった「是正勧告書」が発行されることになります。
行政指導は法的拘束力がない
こういった臨検監督を受けて、是正勧告書などが発行されると、素直に従う会社もあります。
しかし、あくまで臨検監督は「行政指導」であり、法的拘束力はありません。是正勧告に従わなくても、それ自体が違法になることはありません。
そのため、無視する会社もあるようです。
こればかりは、その会社の倫理観などによりさまざまです。
臨検監督をしてもらったからといって、残業代をすっかり取り戻せるとか、労働環境が改善されるまで指導してもらえる、などといったことまでは期待できません。
悪質度が高くない、証拠がないと臨検してくれない
ただし、前述の通り、会社側の悪質度が高くなければ、臨検にまで至らないのです。
悪質度が高くない場合や労働法違反の証拠が少ない場合は、労働基準監督官は電話にて、実態の確認をしたり、調査したりするにとどまります。
労働基準監督官の電話調査は、監督官によって違いがあり、かなりしっかり指導してくれる人もいれば、軽めの対応で終わってしまうこともあります。
実態はどうですかと聞くだけだったり、労働基準法を守ってくださいねと伝えるだけにとどまったりすることもあるのです。
パワハラ等は、結局「相談」で終わる
このように、明らかな労働法違反があったとしても、労働基準監督署は腰が重いのです。
監督官が少ないという事情もあります。また、証拠を持たず、たった一人で相談に来られても、役所としては動きようがないのです。
さらに、もしあなたがパワハラやセクハラなどの「精神的苦痛を受けた」「労働環境が悪い」といったことを是正してもらいたいため、労働基準監督署へ相談に行こうとしているのであれば、あまり期待してはいけません。
というのは、パワハラやセクハラは、労働基準法による違反行為ではなく、民法上の不法行為となるだけで、労働基準監督署の管轄では無いからです。
労働条件や待遇、職場環境の人間関係の改善など、労働法での「違法・適法」の判断が難しい案件は、労働基準監督署は動きません。
動きません、というより、動くことができないのです。
それは、あなたという労働者個人と、私企業である会社の、民事的個人的な争いとみなされるからです。
そのため、パワハラやセクハラなどは、しっかりとした証拠があったとしても、労働基準監督署の管轄ではありません。
相談に行っても、結局本当の意味での「相談」で終わってしまいます。
もちろん、こういったハラスメントを受けているとか、職場環境が悪くて困っているなどの相談をすれば、相談員によっては、環境を良くするためにはこういう方法があるとか、弁護士に紹介しましょうか、などと、解決策を教えてくれることもあります。
そのため、セクハラやパワハラなど、労働法にあまり関係がないことで悩んでいる人でも、相談に行くことによって、解決の糸口をつかむ事は可能だと思われます。
ただし、現状では、パワハラやセクハラを労働基準監督署で解決まで導いてもらうことは難しいことを理解しておきましょう。
労働組合(合同労組)への相談
ブラック企業の被害やパワハラやセクハラで困っているときに、頼りになるのが労働組合です。
労働組合と聞くと、大きな企業の労働者が組織している「企業別組合」をイメージする人が多いと思います。
そのような大企業に所属していなければ、労働組合の恩恵を受けられないとあきらめている人もいますが、個人で加盟することができる労働組合があります。
「ユニオン」や「合同労組」ともいわれています。
合同労組は、雇用形態に関係なく誰でも一人で加盟できます。
現在たくさんの合同労組が組織されていて、それぞれ、残業代の請求交渉やパワハラ・セクハラのない職場環境整備を交渉するなどといった活動をしています。
合同労組は、労働者が団結して会社と闘うといったコンセプトで動いています。
そのため、合同労組にすべてを任せて丸投げすることはできません。あなた自身が主体的に会社と闘う姿勢が必要になってきます。
ただし、労組は会社と交渉するノウハウが豊富です。交渉のプロである組合のスタッフと共に、戦略的に会社の違法行為を追及していくことが可能です。
また、労働組合を経由して会社に交渉を挑んだときに、会社は交渉を拒むことができません。
労働組合法という法律によって、会社には「団体交渉に応じなければならない義務」が定められています。
そのため、労組からの交渉を会社が拒んだら、それは即違法行為となり、むしろ労働組合側が有利にことを運べます。
労働基準監督署などにブラック企業被害の相談をするよりも、強制力もノウハウもあるため解決に導いてくれるのです。
あなたがもし、パワハラやセクハラといった「完全に労基法違反とはいえない被害」にあっていて困っているのなら、一人でも加盟できる労働組合と共に闘う方法があります。
職場環境を変える準備をすべき
今の職場がブラック企業であり、パワハラやセクハラに悩んでいる場合は、労働組合に加盟するなどして闘い、環境を改善していこうとするのも一つの手段です。
しかし、会社の体質というのはそれほど簡単には変わらないこともあります。今いる会社にどうしても残りたいのであれば、何とか交渉するべきでしょう。
しかし、それほどでもないのであれば、気持ちを切り替えて職場環境を変える努力をした方が良いです。
「会社の不正を正したい、被害を賠償させたい」というマイナスの部分にフォーカスし続けていると、闘いのために時間と労力、お金をつぎ込むことになります。
ブラック企業を運営している会社から逃れて、まともな会社にて、正しい努力をして成功することを考えた方が、長い目でみるとずっと健康的ではないでしょうか。
今、本格的にブラック企業である会社と闘おうか迷っているのであれば、その方法を探しながらも、きちんとした会社に転職する準備を並行しましょう。
「他にもいい会社がある」「自分には別の道がある」と視野が広がってくると、闘うことだけが方法ではないことに気づきます。
大事なのは誰かを訴えて反省させたり、賠償させたりすることではありません。
あなた自身が、正しい努力をして豊かになれる場所を見つけ幸せになることです。
そのために、「闘う」「訴える」こと以上に、新たな道を見つけられるように気持ちを向けて欲しいと思います。