辞めたがる社員を辞めさせないブラック企業の手口

ブラック企業

今あなたが働いている会社が、労働環境が劣悪で、今にも心身を壊してしまそうであれば、辞めることも一つの選択肢です。

しかし、ブラック企業といわれるような会社は、辞めたいという社員を辞めさせないことがあります。脅しや泣き落としなどさまざまな手口を使って、退職を思いとどまらせようとします。

今回は、辞めたがる社員を辞めさせないブラック企業の手口について解説します。

ブラック企業の引き止めの手口

労働環境が劣悪な会社にいると、そこに所属している社員は心身共に疲弊してしまいます。

また、「パワハラがひどい」「セクハラをされている」「月の残業時間が150時間ある」など、人としての尊厳を無視した労働環境の会社もあります。

もしあなたがそのような劣悪な環境にいるのであれば、辞めて別の職場に転職するというのも選択肢の一つです。

ただし、ブラック企業といわれる会社は、辞めたがる社員を辞めさせないことがあります。

社員に労働法の知識が乏しいことや、劣悪な環境下で「社畜状態」に追い込まれ、正しい判断力を失っていることを利用して、何とか辞めさせずに酷使しようとします

これらの会社は、「労働力のある人材を都合よく使い倒したい」と考えています。

そのため、あなたにまだ「労働力としての価値」があると、さまざまな手段を使って引き止めてきます。

辞めたがる社員を辞めさせない手口としては、以下のようなものが挙げられます。

脅し(「訴える」「損害賠償を払え」)

社員が退職の意向を伝えたときに、「辞めるのであれば労働契約違反として訴えてやる」とか、「退職による重大な損害が出るから辞めるなら損害賠償を払え」などと要求することがあります。例えば、以下のようなものです。

・当社では、勤続3年以内に辞める人には、半年分の研修教育費である250万円を払ってもらうことになっている

・入社してまだ間もないのに退職するなら、君を採用する際にかかった求人費用と、新たな人を募集するための費用を払って欲しい

・退職するということは今後数年間の業務遂行義務に違反することになる。当初予定していた業務遂行にかかる人件費200万円を支払わなければならない

・労働契約上、3年間は継続勤務することになっている。退職するのであれば契約違反で訴える

・今あなたが辞めるなら、担当しているお客様に迷惑料として賠償金を払わなければならない

・このように迷惑をかけて退職するなら、あなたの転職先にこの情報を伝えて、どこにも行き場がないようにする

・退職したいなら、会社側が納得できる合理的な理由が必要。その理由がないなら、法的にも倫理的にも退職を承認することはできない

・在職中、数々の失敗をして損害を与えたのだから、退職するならその補償をしてからにしろ

このように、会社独自のルールや労働契約違反などを根拠に、賠償請求をしたり訴えるなどと脅したりします。

労働法上、労働者には、退職時における賠償・補てんの義務はありません。しかし、会社側は社員の無知を利用して、もっともらしく法的義務があるかのように強弁してきます。

指導・教育(「次などない」「甘えだ」)

特に新入社員や若い人に対して行われる引き止めの手口です。

社会経験が乏しい人や入社後間もない人は、今の環境から逃れようとしていることに罪悪感を持っています。その気持ちに付け込んだものです。

多くは「教育のため」とか「君のために助言している」などと言ってきます。例えば以下のようなものです。

・こんな仕事で泣き言をいっていてどうする? 退職したいなんて、単なる逃げだよ

・短期間で辞める奴に、次の仕事などないよ。君は本当に甘えている

・この会社はまだ環境がいいんだよ。他はもっと厳しい会社ばかりなんだから

「指導」「教育」といった形をとりながら、退職を希望する人の自尊心とエネルギーを奪うことによって、思いとどめようとする手口です。

言われた側は、「やっぱり自分が弱い、甘えているのだ」「私は社会に通用しない人間だ」「ここを辞めても次はない、ここにいるしかない」といった心理に追い込まれてしまいます。

泣き落とし(「残った奴はどうなる」など)

労働者側の「辞めたいけれど、自分が辞めたら他の人に迷惑がかかる」という人情に訴えて、泣き落としてくる手口もよく見られます。

あるいは恩を着せたり、罪悪感を植え付けたりする人もいます。以下は、泣き落としの実例です。

・今の時期に退職などして、他の社員に迷惑をかけても平気な奴なんだな

・長年あなたを部下として指導してきた私の立場はどうなる?君の離職で、私は多大な責任を負わなければならない

・ずっと一緒にやってきたじゃないか。あのとき君を精一杯フォローした私の恩を忘れたのか?

・今あなたに抜けられると困る。会社が大変なことになってもいいのか?

こういった方法で引き止めようとする手口が、一番対処しづらいかもしれません。

あなたの人としての情に訴えてくるため、退職の意を懐柔させられてしまうからです。しかし、これらは一時的なものです。

あなたが退職の意向を引き下げれば、何事もなかったかのように通常業務が続くでしょう。

運よく退職できる運びになったとしても、このタイプのいやがらせはしつこく、「本当に辞めるんだな」「裏切者」「後でどうなるか思い知らせてやる」などと、繰り返し圧力をかけてくる場合もあります。

口約束(「異動させる」「昇給させる」など)

「今の労働環境の改善をする」と口約束することによって、退職させないようにする場合もあります。例えば、以下のようなものです。

・残業が多いのは事実だ。本当に君たちには申し訳ない。来月には残業を絶対減らす。約束するから少し待ってくれ

・君には期待している。昇給をしようと考えているところだった

・あなたは期待の社員です。将来的には経営幹部になる人材であると社長も見込んでいる。しばらくすると昇格するはずだから、今辞めるのは本当にもったいないよ

・今の環境が辛いのであれば、〇〇部などのもう少し楽なところに異動させよう

このように、待遇や労働環境を改善することを口約束し、その場の退職の意向を改めさせようとするものです。しかし、実際には一労働者の待遇を簡単に変えることができる会社は少ないのです。

情のある対応をしてくれる上司であっても、会社の労働環境や、部下の待遇・勤務条件などを変える力がある人は少数です。

あなたの退職の意向が引っ込んだら、口約束はなかったことにされる可能性が高いのです。

あなたは辞めることができる

もしあなたが、上記のような退職の引き止めにあったとしても、その会社を辞めることができます。あなたにはあなたの人生があります。

そして、どれだけ「損害賠償をせよ」「研修を受けさせたのだから辞める権利はない」などと脅されたとしても、労働者としてのあなたにそういった義務は一切ありません。

まずは、「どうしても辞めたい」と思っているのなら、あなたには安全に辞める権利があることを知りましょう。

2週間前の申し出で退職できる

会社側はさまざまな手口を使って退職を引き止めようとするかもしれません。

自社独自の労働契約のルールを持ち出して、社員には辞める権利がないように脅してくることもあります。

普段は会社独自のルールに従って仕事をしているために、思わず従ってしまいそうになります。

しかし、そのような独自のルールに縛られる必要はありません。民法上、労働者側が退職したいときは、退職日の2週間前に会社に申し出ることによって、退職することができます。

民法627条1項(期間の定めのない雇用の解約の申し入れ)

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申し入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申し入れの日から二週間を経過することによって終了する。

民法で規定されているように、雇用期間に定めがない雇用(正社員のこと)は、2週間前の告知によって解約することができます。

会社側が定めることになっている就業規則には、「退職したい場合は〇〇か月前に申し出ること」などと書かかれています。

就業規則は会社が定める会社の私的ルールであり、法令(憲法、民法など)より効力が弱いのです。法令に違反する就業規則の条文は、無効であり強制力はありません。

そのため、労働者側が退職の申し出をして2週間たつと、労働契約は自動的に終了するということになります。その際に会社側の同意や承認は必要ありません。

社員側の退職に「理由」は必要ない

退職には、合理的で納得のいく理由がないと受け入れないと主張する会社もありますが、退職の理由などは一切必要ありません。根拠は、同じく民法627条です。

民法627条1項(期間の定めのない雇用の解約の申し入れ)

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申し入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申し入れの日から二週間を経過することによって終了する。

労働者側は、いつでも解約の申し入れをすることができるとなっています。

この「いつでも」の法解釈は、「いかなる理由があっても」とされています。

そのため、会社側が納得できる理由がないことや、会社が承認しないからといったことで退職が制限されることはありません

(ちなみに会社側には、民法627条の1項にさだめる「いつでも解約」できるといった条文は適応されません。

会社からの解約は、「解雇」にあたるわけですが、立場の弱い労働者を守る必要があることから、労働基準法という法令により、会社側からの解雇には一定の条件が課されています)

賠償金を払う義務はない

退職にあたって、「辞めるなら〇〇の費用を賠償しろ」という主張をされることがありますが、これには従う必要はありません。

現在の司法慣習上、会社側が労働者に損害賠償を請求できるのは、労働者側の悪質な行為があった場合、かつ実際に損害が発生したときに限られるとされています。

たとえば会社の金品を横領したとか、暴力行為を働いて会社の器物を損壊したなどのケースにおいて、実際の横領額を賠償することや、破損した器物を弁償することなどに限られます。

また、あなたが働いている間に、何かの過失(ミス)があったために損害を被ったとしても、それを労働者の責任にして損害賠償をすることは現実的にはできません。

仮に、会社があなたに対して「〇〇という損害を被った」といって裁判所に訴えたとしても、会社側が敗訴します。

経済的・社会的弱者である労働者が、悪意のないミスで訴えられ、損害賠償義務を負うことを日本の法令が認めることはありません。

また、労働基準法には下記のように定められています。

労働基準法第16条(賠償予定の禁止)

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労働基準法という「労働者の働く権利と安全を守る法令」により、労働者の退職や仕事を行う上でのミスに対して、あらかじめ賠償させることを契約することはできないとされています。

そのため、「〇年以上勤務しなければ、研修費を賠償することになっている」とか「突然の退職は会社に損害を与えるため、求人費などの実費を払わなければ退職できないことになっている」などという脅しには、従う必要はありません。

引き止めてくる人には情が通じない

引き止めようとしてくる人は主にあなたの上司や経営者かと思います。

しかしこれらの人たちは、自分自身が会社に同化して「ブラック化」しているために、人としての情が通じる状態ではありません。

会社の環境が悪くても、「上司が優しく情がある人だから、いつもその人に引き止められて、どうしても辞めることができない」という人もいます。

しかし、その上司自身も結局は自己保身であなたを引き止めているだけで、本当に情を持って対応してくれているわけではないかもしれません。

同じように劣悪な環境にいるために、何が正常で何が異常なのか、わからなくなっている可能性もあります。

そのため、自分の身を守れるのは自分しかないと冷静に考えましょう。相談は、会社内の人ではなく、冷静に正しい判断ができる外部の人にしましょう。

あなたが退職を考えている場合、まずはあなたのことを親身に考えてくれる家族や友人に相談してみましょう。

さらに、労働基準監督署や県の労働局は労働相談を受け付けていますから、「現在の自分が置かれている労働環境は本当に辞めるべき場所なのか否か」を一緒に考えてもらいましょう。

そして、「やはり辞めるべきだ」と判断したのであれば、意思を強く持って退職交渉しましょう。

労働基準法や民法などの日本の法令は、立場の弱い労働者を守るべく作られています。

そういった知識を身につけて、会社の脅しや泣き落としに振り回されないようにしてほしいと思います。

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